ミルハウザーへ愛を込めて
〜サーカスがやってくる楽しみと去ってしまう哀しみと 〜
 僕の大大大好きな作家、スティーブン・ミルハウザー……。 あまりに好きなので冷静に語ることができないかもしれません。  アメリカの作家で、かの柴田元幸さんの紹介(ご自身も熱心なファン)によって最近ようやく知られるようになりました。でも、いまだに翻訳書はそれほど多くありません。まあ、もともと多作ではないようだけど。

 僕とミルハウザーとの出会いは青山南さんのエッセイ(『小説はゴシップが面白い』)でした。この本に紹介されていた『エドウィン・マルハウス』という作品に、かなりピン! と来るものがあって即注文したのだけど「版元品切れ」の返事。版元が福武書店だったことも災いしたのですが(当時、既に出版業から撤退するという噂があったように思う)、しまった! と思って急いで本屋の棚に在庫がないか探し回りました。

 で、運良く、翻訳書が充実していた神戸ジュンク堂のサンパル2F店(今は隣のビルの上階に移転。人文書全体が充実、本当に貴重でした。フロアは広くなった今もその方針は貫かれているようです)にて発見。この時のうれしかったこと、今でも鮮明に覚えてます。で、買ってすぐに読みました。

 この『エドウィン・マルハウス』という小説は、副題に「あるアメリカ作家の生と死(1943―54) ジェフリー・カートライト著」とあるように、架空の伝記形式をとっています。が、まず十歳余りの人物の「伝記」って?? 人を食ってます。実は、この隣に住むジェフリーがエドウィンの伝記を書く、という設定がこの作品の全てを決定してるといって過言ではありません。この語り手を獲得したことにより、子供の細かい感情の揺れ動きを実にうまく書けたのだと思う。特にローラ・ドーンなる変な女の子への初恋譚がなんともいえずいいし、子供の暗い面、残酷な面もきちんと描かれてます。そして作中内作品「まんが」の存在。もうこれ以上は書きません……、読んでください!

 と言いつつ、これまでは品切れのままだったので、周囲の人になかなか推奨しにくかったのですが(上記の後にもう一冊古本屋で見つけて「貸出用」にしてました)、なんと最近白水社より復刊!!(いま復刊してくれるにふさわしい版元です)  そして、この書の翻訳はかの岸本佐知子さんです。その後、彼女自身のファンにもなりました。エッセイ『気になる部分』(白水社)も基本的に爆笑する内容なのですが、本人が意識していない部分での詩的な部分もあります。この人の持ち味は、ご自身の翻訳書とかなり通底してます(当たり前かも知れないけど、これは幸せなこと)。

 『エドウィン・マルハウス』は長編なのですが、短編もかなりいいです。ミルハウザーは小説技巧的にいかにもポストモダン以降の作家らしさがありますが、それを通過した上で、彼の作品には常に「陰」があります。それはいつも、“一瞬しか続かない輝きや幸せの後に来る哀しみ”とでも言うのか、僕の中のイメージでは、町にやってくる「サーカス」なのです(いや、実際そんなことは体験したことはないのですが、アメリカ的なイメージとして……)。  

 例えば、短編集『バーナム博物館』所収の作品で言えば、作品自体があるゲームの描写であったり(「探偵ゲーム」)、小説の構造になんらかの仕掛けをなしたもの(「バーナム博物館」「幻影師、アイゼンハイム」など)が抜群に面白いです。人工物や幻影の魅力(ほんと、凝ってます)を描きながらも、そこには人間のもつ悲しさが常にあるのです。よく分からないんだけど、こういうのをロマン派的と言うのでしょうか?? ともかく、虚構というものの面白さを目一杯堪能させてくれます。この本ももともとは福武書店(→福武文庫)でしたが、後に白水社Uブックスに入りました。そして、『エドウィン…』以外の日本でのミルハウザー翻訳は今のところすべて柴田元幸さんによります。

 次に短編集『イン・ザ・ペニー・アーケード』(白水社Uブックス)。思いっきり期待を膨らまして読んだけど、全く裏切られませんでした。

 一番長い「アウグスト・エッシェンブルグ」は、からくり仕掛けに魅せられた少年の半生記。からくりの描写の細部が命なのですが、“時代に取り残される運命にあるもの(ここではからくり)に、その流れとは関係なく主人公が一身に打ち込む”というミルハウザーが繰り返し描くモチーフがここにも見られます。ただ本作は、ラストに主人公の再認識・再出発が描かれている点が印象的でした。

 続く「太陽に抗議する」以下三作は、日常の、ほんの一瞬の心のズレみたいなものを上手く描いています。これまでに読んだことのない作風ですが、心の〈細部〉という点に作者の一貫した姿勢があるのかもしれません。

 「雪人間」は、雪が積もった街に作られた、さまざまの雪細工が、語り口によって芸術化される詩的な作品――「雪」といういつかは失われてしまうものが中心に据えられており、その一瞬の美しさが、まるで神がかったように描写されるのです――。

 表題作「イン・ザ・ペニー・アーケード」は、少年から大人へなりつつある過程で、昔あれほどときめいたはずなのに……、という思いを遊園地に託して描いています。最後の「東方の国」は、断片を区切って描きながら、中国風の架空の国を少しずつ組み立てています。

 どれも、小説の解体という方向ではなく、それを軽く越えて、全く新しい形の小説を作り出している点が相変わらず素晴らしい!

 訳者あとがきは柴田さんがこの作家をいかに敬愛しているかが分かり、握手したくなりました。

 もう一つの短編集『三つの小さな王国』(白水社Uブックス)。3作所収ですが、なんとなく読みにくそうだと思っていた「王妃、小人、土牢」「展覧会のカタログ」の二編が僕の好みでした。特に後者は、ある人物の絵画の解説をしていきながら、その人生や周囲の人との関係を書いていくと言う構成が上手い。どれも、細部が書き込まれているからこそ面白いタイプの小説群です。